ダナン(ベトナム)
訪れる度にアツい交流が行われるベトナム。港では、私たちの交流の「パートナー」となる若者たちが船の入港を心待ちにしてくれています。まずは港での出会い――ここからが交流の始まりです。
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 ベトナム出港(ベトナム)
しばしの滞在の後、次の港を目指して出港する船を現地の「友人」たちが見送ってくれる――こんな光景が各港で見られるのも船旅ならでは。たくさんの出会いと別れを繰り返しながら、船はゆっくりと地球を巡ります。
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 折り紙(スリランカ)
コロンボ郊外にある、約300人の子どもたちが暮らす孤児院へ。もともとは内戦による孤児たちのためにつくられた施設ですが、現在は貧困のために家族と暮らせなかったり、両親が海外に出稼ぎに行ってしまったり…とその子どもたちのバックグラウンドもさまざまです。折り紙を始めると、興味津々で集まってきた子どもたちの笑顔が、ここを訪れる私たちにとってイチバンの「お土産」と呼べるのかも知れません。
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 Peace Ball in East Timor(東ティモール)
独立承認直後の東ティモールに寄港。新しい国で、未来の「代表選手」を目指すユースチームの若者たちに、日本から持っていったサッカーボールを贈りました。彼らが「東ティモール代表」として国際舞台で活躍する日が楽しみです。
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 東ティモール(東ティモール)
独立承認後、「観光」や「交流」を目的とした大きな船が来るのは、ピースボートがはじめて。2日間という短い滞在ながら、港にはたくさんの人たちが見送りに来てくれました。
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 エリトリア(エリトリア)
30年に渡るエチオピアとの独立戦争を経て、1993年に独立したエリトリア。大国からの援助に頼らない国づくりを勧める新興国の子どもたちは、好奇心も人一倍。ピースボート参加者を囲んで路上の即席交流会が――。
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 南アフリカ(南アフリカ)
アパルトヘイトを撤廃し、黒人と白人が共存する新しい国づくりに挑戦する南アフリカ。ここで、音楽を通じて若者たちに夢や希望を与えようと活動する音楽グループ「アフリカン・ユース・アンサンブル」のメンバーに出会いました。かつては白人だけのものだったクラシック音楽に、新生南アの夢を託す若者たちとピースボート参加者によるセッションが実現しました。
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 ラスパルマス・折り紙(カナリア諸島)
太平洋に浮かぶカナリアの島々がスペイン領の編入されたのは15世紀。それ以前にここに住んでいた「グアンチェ」と呼ばれる先住の民は、北アフリカから渡ってきた人たちだとも言われますが、長いスペイン支配を経て、その言葉や外見的特徴は徐々に失われ、社会に吸収されてゆく形となりました。しかし今も、自分たちのことを「カナリア人」と呼ぶ、スペイン「本土」とはちょっと違う、というカナリアの人たちの誇りは健在です。
ここでは、カナリアの音楽を演奏してもらったり、陶芸にチャレンジさせてもらったり…、もちろん、折り紙や盆踊りなど「日本文化」も披露しました。
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 先住民族カナク(ニューカレドニア)
ニューカレドニアの先住民族はカナクと呼ばれる人たち。彼らはこの地を「カナーキー(カナクの土地)」と呼んでいます。しかし、1984年に良質のニッケル鉱山が発見されて以来、多くの移民がこの島にやってきて、カナクの人々は土地を奪われ、狭い荒れ地へと追いやられます。
今なお多くの問題が残されたままとなっているカナクの人々ですが、私たちの訪問を暖かい笑顔で迎えてくれました。
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 ブラジル(ブラジル)
カーニバル、サッカー、サンバの国――日本人にとっての「ブラジル」はそんな華やかなイメージかもしれません。しかしいっぽうで、「世界で最も貧富の差が激しい」とも言われ、厳しい生活の中、押し出されるように路上へと流れていく子どもたちも大勢います。そんな状況にある子どもたちを「愛のある」生活に戻すことを目的に活動する、サンマルチーニョ慈善教会を訪問。路上での生活から「前」を見つめ始めた子どもたちに出会いました。
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 コロンビア(コロンビア)
16世紀頃から、奴隷貿易の中継地点として、アフリカ大陸から多くの奴隷船が着いたカルタヘナ。現在世界遺産に指定されているカルタヘナ旧市街の建設にも、多くの黒人奴隷がかり出されました。そして、その過酷な奴隷労働に耐えかねて逃亡した黒人奴隷が集まって、カルタヘナ近くに結成したコミュニティが「パレンケ」です。その規模は次第に大きくなり、1743年、コロンビアで奴隷労働が廃止される100年も前に、人々はスペイン政府から「独立」を勝ち取ったのです。
ここで出会ったのはその「パレンケ」の末えいたちとなる、黒人コミュニティ「アロージョ・デ・ピエドラ」の若者たち。日本から訪れた私たちを暖かい笑顔で迎えてくれました。
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 エルサルバドル(エルサルバドル)
内戦後の復興が急速に進む中、大気汚染などの環境破壊が大きな問題になりつつあるエルサルバドル。多様なプロジェクトを展開しながら、その解決に取り組んでいるのが現地の環境NGO「セスタ」です。
そのプロジェクトのひとつが、車社会となったエルサルバドルに、より環境に優しい移動手段として「自転車」を根付かせようというもので、国外のNGOから寄付された中古自転車を経済的に苦しい人たちに無償で提供しています。ピースボートもこれまでの寄港時に100台以上の中古自転車を届けました。
そんな「セスタ」のメンバーと、リサイクル自転車に乗ってサイクリング。すれ違う人の反応も楽しみながら、今までとはちょっと違った視点で環境問題についても考えました。
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 エクアドル(エクアドル)
エクアドルの広大なスラム街。この町に暮らす子どもたちに生きがいを与える活動を行うNGOと協同して、壁画を描き上げるプロジェクトを実現しました。経済的にも精神的にもつながりを創る――そんな交流のかたちを目指しています。
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 アカプルコ・ルチャリブレ(メキシコ)
メキシコ庶民の娯楽といえば、メキシコ・プロレス「ルチャリブレ」。大人から子どもまで、幅広い人気を誇ります。ピースボート訪問時にはいつも、その「熱い」戦いをプロデュースしてくれるのが「メキシコで最も有名な日本人ルチャドール」ウルティモ・ドラゴンさんが設立したプロレス学校「闘龍門」。プロレス好きも初心者も、一緒になって声援を送る――ほんとうの「メキシコ」理解はそこから始まる、と言っても過言ではないかもしれません。
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 ビジャエルサルバドル(ペルー)
拡大する貧富の差、テロの傷跡、政府による弾圧…そんな様々な問題を抱えるペルー社会。ここで、「ビジャ・エルサルバドル」というコミュニティを訪問しました。ここは、何もない砂漠だった場所に、人々がゼロから村を築き、それが住民参加型の「市」へと成長したことで知られるところ。保険医療やメディア、環境対策まで、すべてが住民自治の原則で進められるユニークな街作りを行うこの場所で、とびきり明るい子どもたちと交流。日本の漢字が珍しいらしく、「サイン責め」にあうことも――。
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 先住民族(カナダ)
雄大なロッキー山脈に代表される、大自然――カナダと聞いて私たちが思い浮かべるこんな光景の中には、「ファースト・ネイション」と呼ばれる人々が暮らしています。「ファースト・ネイション」とは、ヨーロッパ人がやってくる前から現在のカナダに暮らしていた人たちで、ときに「インディアン」と蔑まれ、根強い差別を受けてきました。そんな彼らの暮らす「居住区」を訪問。伝統的な踊りや歌による歓迎の後は、温かな交流会が。
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 タロイモを植える(タヒチ)
タヒチに古くから暮らす先住民族・マオヒ。タヒチがフランスの植民地支配下に入ってから120年、その文化も徐々に失われつつあると言います。そんな中、マオヒに古くから伝わる伝統文化を守り、土地の権利を取り戻すために活動するNGO「マタ・アラ」の人々。彼らが、古くから伝わる自給自足の生活を取り戻し、フランスからの「独立」を目指して行っているというタロイモ栽培に参加させてもらいました。
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 フィジー(フィジー)
フィジーの首都・スバには「バナバ人」と呼ばれる人々が集まって暮らすコミュニティがあります。彼らの故郷はフィジーから1000キロも離れたバナバ島。彼らは20世紀初めに行われたバナバ島でのリン鉱山採掘のために、強制的にフィジー島に移住させられたのです。「いつか故郷に帰りたい」という想いを抱きながらフィジーに暮らす彼らですが、歌と踊りが大好き。バナバの歌を聴かせてもらったり、伝統的な儀式を教わったり――心温まる出会いがありました。
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 パプアニューギニア(パプアニューギニア)
94年の噴火による降灰で、街が壊滅状態となってしまったパプアニューギニアのラバウル。それでも、ここに暮らす人々はフレンドリーで好奇心旺盛。ピースボート参加者が何かの絵を描いているところに、大人も子どもも集まってきました。
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